福田ひかり: ピアノリサイタル 続バッハ・ツィクルス1

October 24, 2010

リサイタル情報

バッハの晩年に出版された4部からなる『クラヴィーア練習曲集』.そのうち,《イタリア協奏曲》と《フランス風序曲》で構成されているのが第2部(1735年出版)である.当時の音楽先進国イタリア,フランスではそれぞれ,協奏曲と序曲付き管弦楽組曲という管弦楽様式が生まれ発展した.この曲集は,後期バロックに好まれたこれら2つの様式を1台のチェンバロで実現させながら,両国の趣味や作法の違いを対置させるという意欲的なものである.演奏には2段鍵盤のチェンバロが指示されている. この2曲を実際に耳にすると,バッハが様式だけでなく両国の持つ固有の響きを想定して作曲していたことが感じとれる.本日は両国の固有の響きを顕著な形で体現した作曲家として,あえてバッハと密接な関係を持たないドメニコ・スカルラッティとプーランクを取り上げた.同時に聞くことでそれぞれの違いを自由にお楽しみいただければ幸いである.

J. S. バッハ イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971

原題は《イタリア趣味による協奏曲》.バッハはヴァイマール時代(1708-17)にヴィヴァルディを始めとする多くの作曲家の協奏曲をクラヴィーア用に編曲したが,こうして手中に収めたイタリア風の合奏協奏曲の手法を究極の形で提示したのがこの曲である.バッハには手厳しい評価を下した同時代の音楽批評家シャイベもこの曲に対しては「単一楽器による協奏曲の模範」と賞賛した. 曲は急-緩-急の3楽章構成である.合奏協奏曲の基本原理であるソロ楽器群と合奏部の対比をチェンバロのp(上鍵盤)とf(下鍵盤)に割りあてて実現し,管弦楽のダイナミックな響きを余すところなく表現している.また,ソロ部分をはさみながら合奏による主題が何度か繰り返されるリトルネロ形式で書かれた第1,3楽章に対し,第2楽章では一定のリズムで奏される低音の上に美しく叙情的な旋律が展開され,形式美と情緒表現が実に見事なバランスで成立している.

ドメニコ・スカルラッティ ソナタ K.531/L.430, K.513/L.S.3, K.492/L.14, K.380/L.23, K.141/L.422

バッハやヘンデルが生まれた1685年,ドメニコ・スカルラッティはナポリに生を受けた.オペラ作曲家である父アレッサンドロの手ほどきを受け幼い頃から天賦の才能を示しイタリア諸都市で活躍したが,1719年以降はポルトガルおよびスペイン宮廷に仕えた.彼が音楽教師の任にあたったポルトガル王女マリア・バルバラ(後のスペイン王妃)は豊かな音楽的才能の持ち主で,また,ポルトガル・スペインの両宮廷には彼女の見事な鍵盤楽器のコレクションがあった.この2つの要素がドメニコの創造力をかき立てたことは想像に難くない.鍵盤楽器のためのソナタは約550曲あるが,そのほとんどは彼女のために書かれたと言われる.古典派ソナタとは異なり,これらのソナタは全て単一楽章で,曲の中間に置かれたリピート記号で前半・後半に分けられる2部形式をとっているが,そうした制約の中でさまざまなイマジネーションが,手の交差・跳躍・連打・アルペジオといった技巧や多様なリズムを駆使して展開されている.その印象はまるでナポリの晴れ渡った空のように実に鮮やかだ.

  • K.531/L.430 ホ長調 6/8拍子 アレグロ
  • K.492/L.14 ニ長調 6/8拍子 プレスト
  • K.513/L.S.3 ハ長調 12/8拍子 パストラーレ(アンダンテ)-モルト・アレグロ-3/8拍子 プレスト
  • K.380/L.23 ホ長調 3/4拍子 アンダンテ・コモド
  • K.141/L.422 ニ短調 3/8拍子 トッカータ,プレスト

プーランク ピアノのための組曲 ハ長調, 夜想曲第6番 ト長調

フランス六人組の代表的作曲家・プーランク.彼の音楽は,天賦の才の顕れそのものである.それゆえ,先人や同時代の作曲家の影響をいくらか受けながらも,初期から独自の音楽様式を確立していた.その意味ではモーツァルトに近い.実際彼は「精神(エスプリ)と耳のそうじのため」にモーツァルトをしばしば聞いたという.逆にバッハやブラームスはあまり好みではなかったようだ. 1920年に書かれた『ピアノのための組曲』は,「明快さ」「親しみやすさ」といったプーランクの音楽の特徴が顕著な初期の傑作である.一説にはプーランクは朝に作曲をしたらしいが,それを証明するかのように曲全体にさわやかな空気が漂っている.叙情的な旋律もさらりとした味わいを持っている. 『夜想曲』8曲は1932年から1938年にかけて書かれた.第6番は1934年の作で,「非常に静かに,しかし引きずることなく」という指示のもとに,夜の気配を含んだ旋律が拍子の変化を伴いながらさまざまな表情を見せて続いていく.

J. S. バッハ フランス風序曲 ロ短調 BWV831

「パルティータ」とも呼ばれるこの曲は,フランスのオペラ作曲家リュリ(1632-87)が創始した管弦楽組曲様式を2段鍵盤のチェンバロで実現したものである.原形はハ短調で書かれていたが,『クラヴィーア練習曲集 第2部』ではイタリア対フランスをより際立たせるために,《イタリア協奏曲》のヘ長調に対して三全音の関係にあるロ短調に書き直された.『フランス組曲』や『パルティータ』など他の独奏鍵盤楽器組曲にはアルマンド-クーラント-サラバンド-ジーグという定型の楽章配列があるが,フランス風の管弦楽組曲では第1曲に緩-急-緩の構造を持つ序曲を置く以外に規則はなく,この曲においても冒頭の長大な序曲の後に,アルマンド以外の前述の定番舞曲やガヴォット,パスピエなどの当世風舞曲を自由に配置している.また,冒頭の序曲と最終曲エコーでは強弱の対比が協奏的に用いられており,フランス様式の実現と同時にイタリア様式との融合が図られているともいえよう.


文: 福田ひかり

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