福田ひかり: ピアノリサイタル バッハ・ツィクルス2 組曲の花束

January 27, 2006

リサイタル情報

本日のプログラムでは,バッハの鍵盤用組曲を代表する3つの組曲集から1曲ずつ取り上げる.

いくつかの小曲や楽章を並べた楽曲を全般に「組曲」というが,特にバッハの場合は「古典組曲」と呼ばれる形式を用いている.中世以降,舞曲は庶民の日常生活に深く関わるものとして大いに発展し,多くの種類が生まれたが,性格の異なる舞曲を対にするという方 法が次第に一般的になり,これが組曲の発端となった.この対は新たに舞曲を加えるなどしてさらに拡大したが,組み合わせや配列は自由だった.こうした 中,組曲を統一体にするという考えが17世紀のドイツで進められ,フローベルガー(1616-1667)によって,アルマンド—クーラント—サラバンド(後にジーグが加わる)という一定の形式が確立された. 基本となるこれら4つの舞曲は以下の通りである.

アルマンド:
ドイツ起源.緩やかな2拍子系.
クーラント:
フランス語の「走る courir」に由来.フランス風の「クーラント courante」とイタリア風の「コレンテ corrente」があり,前者は2分の3拍子か4分の6拍子で装飾的,後者は急速な3拍子系.
サラバンド:
スペイン,あるいはスペインに伝わる以前に中南米に起源を持つ.荘重な3拍子系.
ジーグ:
スコットランド,あるいはアイルランド起源.8分の6拍子などの複合拍子で活発なイタリア風と,対位法的書法を用いたフランス風がある.

バッハはこの定型をほぼ踏襲したが,アルマンドの前に導入楽章を置いたり,サラバンドとジーグの間にメヌエットなどの当世風の舞曲やあるいは非舞曲楽 章を挿入するなどしてさらに発展させ,古典組曲の頂点を築いた.

J. S. バッハ イギリス組曲 第2番 イ短調 BWV807

最も早く,ヴァイマール時代(1708-1717)に成立したと考えられているのが《イギリス組曲》(BWV806-811, 全6曲)である.「イギリス」という名称の由来は定かではなく,バッハ自身は「前奏曲付組曲」と呼んだ.この名の通り,長大なプレリュードを冒頭に持つのが特徴で,その他の構成は古典組曲の基本にかなり忠実である.第2番は,協奏曲風の生き生きとしたプレリュードで始まり,典型的なアルマンド,フランス風クーラント,「同じサラバンドの装飾」という変奏の付いたサラバンドを経て,短調と長調を対比させた2つのブーレを差しはさみ,軽快なジーグで幕を閉じる.

J. S. バッハ フランス組曲 第5番 ト長調 BWV816

一方,1722〜1725年頃成立した《フランス組曲》(BWV812-817, 全6曲)は,《イギリス組曲》よりも洒落て親しみやすい作風を持つ.「フランス」という語もやはりバッハ自身にはよらないが,「フランス趣味で書かれている作品」という意味で《イギリス組曲》と区別するために18世紀には既にこう呼ばれていた.6曲とも《イギリス組曲》のようなプレリュードは持たず,洗練された当世風舞曲が多く挿入され,優雅な世界が広がっている.第5番は最も人気の高い作品で,優美で香り高い旋律が印象的である.4つの基本舞曲の他に,ガヴォットとブーレ,ルールが挿入されるが,とりわけガヴォットは有名である.

J. S. バッハ パルティータ 第2番 ハ短調 BWV826

バッハの鍵盤組曲の集大成ともいうべき《パルティータ》(BWV825-830, 全6曲)は,1725〜1730年の間に1曲ずつ出版され,6曲まとめたものが『クラヴィーア練習曲集第1部』として1731年に出版された.「パルティータ partita」という語はもともと変奏曲を意味していたが,17世紀末のドイツでは組曲の意味でも用いられるようになった.しかし,「組曲 suite」という語に対して,「より自由度の高い組曲」という意味で「パルティータ」をバッハが使ったと考えると,そこに斬新さや自由さが意識されていたと読み取ることもできよう.構成面では,導入楽章としてシンフォニアやトッカータなど曲ごとに異なった種類のものが置かれている.後続楽章には,アリアやスケルツォといった非舞曲楽章や,テンポ・ディ・ガヴォット(ガヴォットのテンポ)のように本来の舞曲の皮だけ被った自由な小曲も用いられている.また,基本の4舞曲も,典型からの逸脱が著しい.第2番は,冒頭に3部分形式のシンフォニアが置かれ,流麗なアルマンド,フランス風クーラント,非常に様式化されたサラバンドと続き,非舞曲楽章だがジーグ的なロンドーを経て,力強いカプリッチョ(非舞曲楽章)で終わる.ジーグの代わりに非舞曲楽章で終わる組曲はこれが唯一で,バッハの大胆な試みが見られる.

J. S. バッハ 《平均律クラヴィーア曲集》第1巻より 第23番 ロ長調 BWV868

休憩後の《平均律クラヴィーア曲集第1巻》からのプレリュード・フーガは,上記の組曲集との違いを際立たせる.第23番は「淵に咲く一輪の花」(ケラー)という表現が実にふさわしい. 花々を束ねるリボンになれば幸いである.


文: 福田ひかり

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