福田ひかり: ピアノリサイタル バッハ・ツィクルス3 若き日のファンタジー

November 27, 2006

リサイタル情報

今回は,バッハが20代までに作曲した《トッカータ》と《カプリッチョ》を中心にプログラムを組みました.《平均律》や《ファンタジー》といった30代あるいは4,50代で書かれた作品を同時に聞いていただくことで,若き日のバッハのほとばしる情熱を感じていただければと思います.

J. S. バッハ トッカータ ト短調 BWV915

トッカータとは,イタリア語のtoccare(触れる,奏でるの意)を語源とし,一定の形式に拘束されず分散和音や流麗な走句などの演奏技法を取り入れて作曲された鍵盤楽曲である.16世紀から18世紀にかけて好んで作られた.初期のトッカータは前述の華やかなパッセージのみで成り立っていたが,その後,このような即興的な部分の間にフーガ的な部分が挿入されるようになった.この即興的な部分のみを指して「トッカータ」と呼ぶこともある. バッハはオルガン用に4曲,クラヴィーア用に8曲(うち1曲はパルティータ第6番の第1曲)のトッカータを作曲した.パルティータの1曲を除く7曲は,はっきりした作曲年代は不明だがすべて1713年頃までに書かれたと考えられている.鍵盤楽器の名手であった若きバッハにとってその名人芸を披露するのに格好の楽曲だったのだろう.とどまるところを知らぬ豊かな楽想が自由に展開されている.また,いずれの曲もフーガ部分を1つ以上含む多部分構造をとるが,フーガ部分は多少のぎこちなさを含みつつも後の対位法の大家を予感させる堂々としたものとなっている. ト短調のトッカータは比較的初期の作品である.冒頭の滝のように落ちる三連符の下行がそのままアダージョ部分になだれ込む.打って変わって愛らしい表情を見せる変ロ長調のアレグロ部分は二重フーガ.再び短調のアダージョを経て,付点リズムの主題による長大なフーガが展開され,最後に冒頭パッセージが再現されて曲を閉じる.

J. S. バッハ カプリッチョ 変ロ長調 〜最愛の兄の旅立ちに寄せて BWV992

すぐ上の兄,ヨハン・ヤーコプがスウェーデン王カール12世の軍楽隊員として戦地へと旅立つ様子を描いた異色の作品.1703年か1704年頃の作とされる.早くに両親と死別したバッハはこの兄とともに長兄のもとで生活した.心温まる家族との交流がこの作品から窺える.第1曲「兄の旅立ちを思いとどまらせようとする友人たちのへつらい」,第2曲「異国で起こるであろうさまざまなできごとの想像」,第3曲アダージッシモ「友人たちの嘆き」,第4曲「避けられないと知った友人たちがやってきて別れを告げる」,第5曲「郵便馬車の御者のアリア」,第6曲「郵便馬車の角笛を模したフーガ」からなる.

J. S. バッハ ファンタジー ハ短調 BWV906

初稿は1729年.拡大の試みがなされた1738年の自筆譜には未完のフーガが後に続いている.ファンタジー(幻想曲)という題とは裏腹に,後のソナタ形式を思わせる形式で書かれている.幅広いアルペジオや手の交差といったスカルラッティ風の鍵盤手法が特徴的だが,そこにふつふつとわき上がる情熱がわずか40小節という凝縮された構造の中に収められ,見事な構成美を現している.

J. S. バッハ トッカータ ト長調 BWV916

トッカータには珍しい,協奏曲風の3楽章構成をとり,他のトッカータよりも遅い時期に成立したと考えられている.冒頭楽章はソロとトゥッティの交替を思わせる手法をとる.冒頭の下行音階と和音の平行移動が顕著.自由な模倣形式によるアダージョ部分を挿み,ジーグ風のフーガで締めくくられる.ここでも,冒頭楽章に見られた下行音階が顕著である.

J. S. バッハ 《平均律クラヴィーア曲集》第1巻(1720〜22年)より 第22番 変ロ短調 BWV867

プレリュードは宗教的な雰囲気を持つ.フーガは5声.主題冒頭の完全4度の荘重な響きが基調となり,プレリュードでの祈りがさらに厳かなものとなっていく.

J. S. バッハ 《平均律クラヴィーア曲集》第2巻(1739/42年頃)より 第7番 変ホ長調 BWV876

8分の9拍子で緩やかに流れるプレリュード.リュート用に書かれたという説もある.フーガは4声で,聖歌隊の合唱のような趣きを持ち,落ち着いた明るい響きがゆったりと聞かれる.

J. S. バッハ トッカータ ニ短調 BWV913

ト短調と同じく,比較的初期の作品.「トッカータ第1番」と題された筆写譜もある.オルガンのペダルを思わせる冒頭パッセージ,掛留音で緩やかに進むモテット風の緩徐部分,「テーマ」と題された第1フーガ,深い悲しみの表情を持つアダージョ,第1フーガと共通する主題を持つ第2フーガからなる.


文: 福田ひかり

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