井上睦美ピアノトリオ

May 21, 1999

私の故郷・岡山県津山市で懇意にさせていただいているピアノ工房アムズさんが後援された演奏会のための解説です.


井上睦美ピアノトリオ
1999年5月21日(金)18:30開演
ベルフォーレ津山(岡山県津山市)
井上睦美(pf), 守屋美枝子(vln), 松下修也(vc)

ハイドン クラヴィーア三重奏曲 ト長調 Hob. XV: 25

40余曲にものぼるハイドンのクラヴィーア三重奏曲の中で最も人気のあるこの曲は,彼が2回目のロンドン旅行を行った1794年か1795年頃に作曲されました.既に1780年代から作曲家としての名声がヨーロッパ中に広まっていたハイドンには多くの出版社から作曲注文が相次ぎ,数多くのクラヴィーア三重奏曲が生まれ,それらは主に貴族や音楽愛好家の家庭で親しまれました.「ヴァイオリンとチェロを伴ったクラヴィーア・ソナタ」という原題からもわかるように,曲の主導権はクラヴィーア(ピアノ)が握り,弦楽器は比較的易しく書かれています.これは,ピアノ愛好家はかなり演奏水準が高かったのに比して弦楽器愛好家はそれほどでもなかったという当時の音楽事情を反映したものと言われています.いずれにせよ,これらの作品は洗練された室内楽形式として人気を博したのでした.

第1楽章
アンダンテ,ト長調,2/4拍子.変奏曲.主題は2部形式で,ピアノとヴァイオリンによって穏やかな旋律が奏される.第1変奏はト短調,第2変奏はト長調で活気ある三連符が特徴的.ヴァイオリンが激しく動くホ短調の第3変奏を経て,ト長調の第4変奏はピアノが32分音符で流麗に動く.
第2楽章
ポーコ・アダージョ,ホ長調,3/4拍子.主にピアノによって歌われるゆったりとした旋律と三連符の伴奏に,弦楽器が花を添える3部形式.
第3楽章
フィナーレ,ジプシー風ロンド,プレスト,ト長調,2/4拍子.長調と短調が交互に現れる中でジプシー風のリズムや旋律が豊富に盛り込まれた,実に楽しい合奏である.

ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調 作品24《春》

第9番《クロイツェル》とともに有名なこの曲はウィーン時代初期の1800年から1801年にかけて作曲されました.創作的には初期から中期にさしかかっており,この時期の作品の多くはハイドンやモーツァルトに代表されるウィーン盛期古典派の影響を脱し自らの独自性を明確に表わそうとしています.この第5番のソナタにも,同時期に書かれたピアノ・ソナタほどではないにせよ,4楽章構成や展開部の書法,弦楽器の扱い方などに革新性が認められます.この曲が書かれる数年前から既にベートーヴェンは聴覚の異常に気付いており心は穏やかではなかったと推測されるにもかかわらず,曲全体が明るい音調なのは,彼のピアノの弟子であったグイッチャルディ嬢への思いが反映されているからだとも言われています.《春》という題は作曲者自身の命名ではありませんが,この曲の明朗性を的確に表したものといえるでしょう.

第1楽章
アレグロ,ヘ長調,4/4拍子.流麗な第1主題とはつらつとした第2主題をもつソナタ形式.特に展開部では転調が劇的であり,のびのびとした自由さの中にロマン性が感じられる.
第2楽章
アダージョ・モルト・エスプレッシーヴォ,変ロ長調,3/4拍子.叙情的な旋律が美しい緩徐楽章.冒頭主題は繰り返しの度に巧みに変奏される.
第3楽章
スケルツォ,ヘ長調,3/4拍子.主部の軽快な跳躍とトリオ部分の8分音符による大きな平行進行が対照的.
第4楽章
ロンド,アレグロ・マ・ノン・トロッポ,ヘ長調,2/2拍子.楽しげな主要主題部の間にハ短調,ニ短調,変ホ短調の挿入部が置かれ,主要主題部は曲の後半ではさまざまに変奏される.

メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 作品49

シューマンによって「我々の時代の極めて偉大なピアノ三重奏曲」と絶賛されたこの曲は,1839年,メンデルスゾーン30歳の夏に作曲されました.後半生の活動拠点となったライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の常任指揮者に就任して4年,また2年前には結婚もし公私共に充実した時期にあった彼はこの曲で持ち前の上品さや優雅さを芸術的に高め,彼の室内楽作品の頂点を極めたのでした.各楽器の独自性とバランスは特に見事であり,色彩豊かに歌うピアノによって曲はより伸びやかになっています.また,バッハやベートーヴェンなどの過去の音楽に関心のあった彼らしく,構成・形式ともに古典的で声部書法も入念に書かれていますが,内容的にはロマン的な叙情性に溢れた逸品です.

第1楽章
モルト・アレグロ・アジタート,ニ短調,3/4拍子.チェロから始まる息の長い第1主題とやはりチェロによる優美な第2主題をもつソナタ形式.随所に対位法的手法が見られる.
第2楽章
アンダンテ・コン・モート・トランクィーロ,変ロ長調,4/4拍子.室内楽による夢想的な「無言歌」.
第3楽章
スケルツォ,レッジェーロ・エ・ヴィヴァーチェ,ニ長調,6/8拍子.まるで「真夏の夜の夢」に登場するパックが踊っているかのように軽快にせわしなく動く.
第4楽章
フィナーレ,アレグロ・アッサイ・アパッショナート,ニ短調,4/4拍子.主要主題は最初は穏やかに,しかしそこに潜む情熱がほどなく現われ,曲が進むにつれ高まっていく.名人芸的なピアノ書法と相まって曲は劇的に展開し,最後はニ長調で高らかに歌い上げる.

文: 福田ひかり

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