生塩公光子・高瀬健一郎: ピアノデュオリサイタル

September 26, 1998

大学時代の友人,生塩公光子さんが1998年に開かれたピアノデュオリサイタルのために書かせていただいた解説です.静岡公演の方を聞かせていただきましたが,とても精力的なプログラムに取り組まれ,内容の濃い演奏会でした.


生塩公光子・高瀬健一郎ピアノデュオリサイタル
1998年9月26日(土) 18:30開演
はつかいち文化ホールさくらぴあ(広島県廿日市市)
1998年10月16日(金) 19:00開演
静岡音楽館AOI(静岡県静岡市)

モシュコフスキー スペイン舞曲集 作品12より

モシュコフスキーはポーランドに生まれ,19世紀後期にドイツを中心に活躍した作曲家である.長くベルリンの音楽院でピアノを教え,その間ピアノ奏者としてもドイツを始め,ポーランド,イギリス,フランスなどで活躍した.数多くのサロン用ピアノ曲を残したが,今日われわれが耳にするのは練習曲などほんの一部の作品にすぎない.その作風は非常にロマンティックで親しみやすく,また技巧的にも華麗なものが多い.最も有名な2巻の《スペイン舞曲集》のうち作品12は,強烈ではないが随所にエキゾチックな色彩をあしらった,サロン向きの優美で華やかな舞曲集である.この作品で成功を修めたモシュコフスキーは,以後,民族色の強いピアノ二重奏曲をいくつか書いたが,この曲ほど聴衆に親しまれたものはなかった.全5曲のうち,本日は以下の3曲が演奏される.

  1. ハ長調 Allegro brioso  開幕にふさわしい,生き生きとして華やかな一曲.
  2. ト短調 Moderato  ショパンのマズルカを彷彿とさせる,感傷的な旋律が耳に残る.
  3. イ長調 Con moto  5度音程の力強い伴奏の上で旋律が軽やかに旋回する.中間部は楽しいながらも優美.

サン=サーンス ベートーヴェンの主題による変奏曲 作品35

《動物の謝肉祭》で一般によく知られるサン=サーンスは,オペラを含む全てのジャンルに作品を残した多作家で,音楽史に偉大な足跡を印した.その旺盛な創作活動は作曲だけに限られず,楽譜の校訂や評論,詩や脚本の執筆にまで及び,天文学や哲学などにも優れた才能を示した.実に幅広い教養人だったのである. 音楽に対しては非常に早熟で,幼少時よりバッハやベートヴェンの音楽によって教育されたお陰で厳格で熟練した書法を早いうちから身につけていた.また,シューマンやメンデルスゾーンの影響も早くに受けており,伝統的な形式の中にロマン主義の手法を巧みに採り入れた室内楽曲や独奏曲には優れたものが多い.さらに,ヴァーグナーやリストの影響も多く受けている.このように,サン=サーンスは多くの要素を取捨選択し巧みに融合しながら自分のものとすることに非常に長けた作曲家だったといえる. しかし真に忘れてはならないのは,彼のフランス音楽界への貢献である.普仏戦争敗北後に高まったフランス愛国主義の風潮の中で,新旧のフランス音楽を擁護しさらに発展させるために,彼は1871年に〈国民音楽協会〉を設立し,1886年までその中心で活動した.この活動によってフォーレ,フランクなどのフランス近代音楽の旗手たちが紹介され,フランス音楽界は新しい局面を迎えた.また,従来の声楽中心の教育を見直し,器楽の水準を向上させるべく,器楽の演奏会が多く催されるようになったのである.このような時期に作曲された《ベートーヴェンの主題による変奏曲》はまさにその使命を果たすのにうってつけだったと思われる.サン=サーンスの創作も最も油ののり,この曲は精巧で格調高く,かつ非常に華やかでフランス的な優美さも持ち合わせた傑作となった.主題はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第18番の第3楽章(メヌエット)のトリオ部分で,これが序奏と8つの変奏,フーガ,コーダからなる変奏曲としてさまざまに展開されていく.

ヒンデミット 四手ピアノの為のソナタ

ヒンデミットは20世紀前半のドイツを代表する作曲家だが,彼には作曲家以外にもいくつかの顔があり,そのことが音楽史における彼の存在を特異なものとしている.まず,彼は作曲家としてデビューする以前から優れた弦楽器奏者としてのキャリアを持っていた.この演奏家としての経験は常に彼の音楽活動の原点にあり,それは特に器楽曲に反映されている.また彼は,理論家としていくつかの重要な著作を残した.さらに,渡米後は教育活動に重点を置き,〈実用音楽〉といわれる作品の創作や著述活動に力を注いだ.こうした多方面での活躍は同時代人から高く評価され,多くの音楽家に影響を与えたのである. 作曲家としてデビューした当時は〈新音楽〉の旗手として注目され,その作風はかなり先鋭的で実験的だったが,1930年代に入ると革新から円熟へと向かった.作品を入念に仕上げる技術の見事さは初期と変わらないが,不協和音の使用頻度は以前よりも減り,響きはより自然で純粋になった.この時期,彼の創作活動はまさにピークを迎えていたが,1934年ころよりナチスの弾圧にあうようになり,オペラ《画家マティス》はドイツ国内では上演禁止となった.そして《四手ピアノの為のソナタ》が作曲された1938年にはいよいよ弾圧が厳しくなり,スイスへの移住を余儀なくされたのである.この前後に彼は自分の作曲理論を構築すべく《作曲の手引き》(全2巻)を執筆した.この著作の中で彼は新しい調性組織の確立を試み,それに基づいて作曲実践されたのが《四手ピアノの為のソナタ》を始めとする一連の器楽用ソナタである.この曲は伝統的な3楽章構成で,熟練した対位法的手法がさえわたっている.第1楽章は古典的なソナタ形式で,穏やかに動く表情豊かな旋律が印象深い.第2楽章はリズミカルなスケルツォ的楽章,第3楽章はゆっくりと曲線的に動く部分の間に活発に動く中間部が挟まれている.理想の響きを求めた種々の楽器の組み合わせによる一連のソナタの創作には演奏家のレパートリーを増やす目的もあり,渡米後も続けられた.

バーバー バレエ組曲 スーヴェニール 作品28

バーバーは現代アメリカを代表する作曲家である.幼少時より非凡な才能を示し,古くからの友人である作曲家メノッティが「学校時代,彼は“スター”だった」と語っているように,早くから作曲家としての将来を周囲から嘱望されていた. 作品数は決して多くはないが,前衛的というよりもむしろ保守的な彼の作品には独特のロマンティシズムにあふれた佳作が多い.《スーヴェニール》もその例外ではない.バーバーは,戦争の間を除いて1930年代からは夏はヨーロッパへ旅行することにしており,1951年夏,ピアニストのチャールズ・ターナーと旅行した際にこの曲が作曲された.しかし,ターナーとの旅の思い出よりもむしろ子供時代に母親と旅したニューヨークの思い出が作曲の根底にあるといわれ,曲のもつ感傷的な雰囲気もそこに起因していると思われる.そして,バーバーとターナーも彼の地が好きで,しばしば訪れたバーで聞いたポピュラー音楽のピアノデュオ演奏に触発されてこの曲が書かれたのである. 組曲は踊りのタイトルを持つ6曲からなる.後に,ニューヨーク・シティ・バレエ団のためにバレエ組曲としてオーケストラに編曲された.

  1. ワルツ Waltz 次第に盛り上がる序奏とフランス的な響きのする美しいワルツ.
  2. ショッティッシェ Schottische 19世紀中頃にヨーロッパで流行した舞踏で回りながら踊る.ポルカに似た,コケティッシュで快活な舞曲.元の語は「スコットランドの」を意味するが特に関係はないらしい.
  3. パ・ド・ドゥ Pas de deux 感傷的でゆっくりと動く,2人の踊り手のデュエット.
  4. トゥー・ステップ Two-Step アメリカ起源の社交ダンスで,リズミカル.
  5. ヘジテーション・タンゴ Hesitation-Tango ためらいがちで奇妙な節回しのタンゴの間に,ロマンティックで華やかなタンゴが挿入される.
  6. ギャロップ Galop 活発に動き回り,非常にピアニスティックな終曲.ギャロップは18世紀後半に一連の舞踏の終曲として流行した.

プーランク 2台のピアノの為のソナタ

1920年,サティのもとに集まった6人の若いフランスの作曲家が音楽会を開いた.それは批評家によって「フランス6人組」と名付けられ,その方向性に当時の作曲界は注目した.6人組の目指していたものは,ロマン主義や印象主義を完全に拒否した,明快で,現実の生活により近い芸術であり,6人組のひとり,プーランクの音楽にはその精神がかなり重要な成果として現れている. プーランクは少年時代に本格的な音楽教育は受けなかったが,音楽に対して抜群のセンスをもっており,ドビュッシーやストラヴィンスキーなどの作品に触れては後の自己形成につながる体験をしていった.1915年ころより6人組を形成した作曲家たちと知り合うが,特にミヨーとオーリックは彼の音楽に影響を与え,また終生友情を保った.プーランクの作風はミヨーのそれと通じるところが多分にあるが,存命中は6人組の中心人物であったミヨーとオネゲルの影に隠れ,死後10年を経てやっと注目されるようになった. 器楽曲,とくにピアノ曲においては,小規模で明快,フランス的な軽妙さを持った作品が多く,時に「優雅なエンターテインメント」と評されることもあるが,それは彼の作風の一面であり,《2台のピアノの為のソナタ》のように迫力のある大曲も書かれている.この曲の冒頭には教会の鐘を思わせるような荘厳な響きの序奏が置かれているが,この部分の持つ真摯さは全4楽章を通して貫かれている.その真摯さは決して冷たいものではなく,人間的な暖かみが感じられる.所々でミヨーを思わせるような多調的な響きを持つ部分もある.第1楽章プロローグは標準的なソナタ形式から逸脱しており,荘重な歩みが支配的である.第2楽章は,リズミカルな中に感傷的な美しさのある前後の部分と,第1楽章に通じるような荘重さと静けさの中でうねうねと動く中間部からなるスケルツォ的楽章.プーランク自ら「全曲の中心」と語った深遠な第3楽章のあと,先行する3楽章の主題を用いた,変化に富み華やかで多彩な第4楽章で曲は締めくくられる.


文: 福田ひかり

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