福田ひかり: ピアノリサイタル 「た・ま・に・は、クラシックもいいじゃない・・・」

March 22, 1998

リサイタル情報

「初めてのソロ・リサイタルは地元で」–幼い頃、文化センターで演奏するピアニストに自分の姿を重ね合せ、紆余曲折を経ながらもひとつひとつ現実のものとなる度に喜びを感じてまいりました。が、10年余も故郷を離れているうちにその場所の記憶も過去の中に埋もれ、それに気づいたのは最近のことでした。また一方では、曲がりなりにも努力してきた結果を地元の皆様に聴いていただきたいという思いが常にありました。それゆえ、本日このような素晴しいホールで皆様に聴いていただける喜びは筆舌に尽くし難いものがあります。本日のプログラムには多少なじみの薄い曲も含まれておりますが、バッハの作品を始めとして、生涯を通して研究していきたいと考えるものを集めました。これを契機として皆様の鑑賞の一端にお加えいただければ大変幸いに存じます。どうぞ最後までごゆっくりお聴きください。

J. S. バッハ トッカータ ニ長調 BWV912

プログラムの最初は、私が最も敬愛するJ.S. バッハの『トッカータ』です。彼は全音楽史中、最も偉大な作曲家の一人ですが、その活動はドイツ中北部に限定されていたということが我々をさらに驚かせます。そんな中で彼は精力的に先人たちの作曲様式を学び、自分の作品に取り込んでいきました。そうした成果は一連の『トッカータ』にもみられます。これらを作曲する数年前に体験したブクステフーデを始めとする北方バロック音楽は、当時の任地アルンシュタットにおいて「コラールの中で多くの奇妙な変奏を行い……会衆が混乱してしまった」と非難されるほどバッハに強い影響を与えましたが、それは後のヴァイマル時代に最高のオルガン音楽として結実しました。同じ時期に作曲されたクラヴィーア用『トッカータ』にもオルガンの技法が色濃く残り、実際、オルガン曲として作曲されたのではないか、との仮説も提起されています。トッカータは16世紀末イタリアに端を発し、南独、北独の作曲家の手を経て発展した多部分構造の楽曲ですが、バッハは、そうした伝統に則りつつもイタリアやフランスの要素も同時に取り込み、実に多彩な音楽を創出しました。後の『パルティータ』等と比べると古くさい感じがするのは否めませんが、若いバッハの息吹がそこここに感じられます。『BWV912』は、オルガン・トッカータ風の導入–イタリアのソロ協奏曲風のアレグロ–フランス風複付点を持つアダージョ–第一フーガ–自由な移行部–ジーグ風の第二フーガ–終結部から構成されています。

ベートーヴェン ピアノソナタ第31番 変イ長調 作品110

さて、「すべての道はバッハに通ず」といわれるほど、バッハの残した影響は多大なものでしたが、ベートーヴェンもその影響を間違いなく受けた一人でした。彼は幼少の頃、『平均律クラヴィーア曲集』でピアノの指導を受け、また彼の庇護者を通してバッハの作品に数多く触れ、入念な作品分析を行ったのでした。そうしたバッハ研究は、作品101に始まる後期作品の中で結実しています。ところで、『熱情ソナタ』や『ワルトシュタイン』といった中期作品の持つ激しさは影をひそめ、一連の後期作品は一見穏やかに見えます。が、その奥では言いようのない孤独と苦悩が常に支配的です。『作品110』のソナタも極めて美しく穏やかな旋律で始まりますが、背後には何か奥深いものが隠されています。18世紀の理論書で「墓、死、永遠を表す」と記された変イ長調が選ばれているのも偶然ではないでしょう。挿入的なスケルツォを経て、この曲の真髄ともいうべき「嘆きの歌」に至りますが、そこでは全てが朽ち果ててしまうのではなく、苦悩の中からフーガが立ち上がってきます。それは正にベートーヴェンの姿そのものといってもよいでしょう。そして、息も絶え絶えな第2のアリオーソの後に来る最終フーガは、天から降ってくるかのごとく現われ、次第に力を取り戻し、高らかな響きをもって曲を終えます。かの『歓喜の歌』に通じる、神に近づかんばかりのこの終結部は実に感動的です。

フォーレ 即興曲第1番 作品25 / 舟歌第2番 作品41

ここで少し、ドイツから離れてフランスに立ち寄ってみましょう。

近代フランス音楽を代表する作曲家として真っ先に挙げられるのはドビュッシーですが、真にフランス的な伝統のもとに新しい流れを作ったのはサン=サーンスとフォーレでした。特にフォーレは、論理性と純粋な音楽形式を保ちつつ、洗練、気品、清澄、均衡といったフランス独特の貴族的性質を独自の響きの中で体現しました。音楽における印象主義はドビュッシーにのみ用いられますが、フォーレの音楽の持つ色彩はモネに代表される印象派絵画のそれに通じるものがあるような気がしてなりません。『即興曲』『舟歌』といった標題からわかるように、フォーレのピアノ作品はショパンの系統を引くものですが、いくらかショパン風の手法を用いつつも独自のカラーを打ち出しています。特に顕著なのは旋法性を基礎とする和声法ですが、「素晴しいビロードの手袋をはめた鉄の手」による「優しい情熱のこもった詩のよう」だったと評された彼自身の演奏に負うところも大きかったと考えられます。

F.クープラン 小さな風車 / 修道女モニク

ところで、前述のフランス的特質ですが、これらはもともとフランス王室の中で作りあげられたものでした。フランス革命以前の絶対王政の時代、宮廷では優雅で享楽的なロココ文化が花開き、かつらや豪華な襟飾り、膨らんだスカートに身をまとった貴族たちが豪奢な生活を営んでいたのです。この時代の代表的なクラヴサン作曲家F. クープランの音楽は、そうした時代を反映して、ロココ的な繊細さや優美さ、諧謔さと、彼独特のエスプリを併せ持っています。「オルドル」と呼ばれる組曲はそれぞれ4〜22の小品で自由に構成されており、そのほとんどが絵画的あるいは文学的な標題を持っています。『小さな風車』は二部形式、『修道女モニク』はロンドーといった簡潔な形式からなり、バッハとは全く違った薄い響きと装飾音の多用が特徴的です。

ダカン かっこう

もう一人のダカンは、クープランより一世代後の鍵盤作曲家で、主にオルガン奏者として活躍しました。クープランの系統を汲むといわれるその作品はわずかしか残っていませんが、その中で『かっこう』は現在でも大変親しまれています。

バッハ=ブゾーニ シャコンヌ

さて、再びバッハに話を戻しましょう。前述のクープランに見られる要素はバッハのそれとは対照的ですが、バッハの音楽においても重要な役割を担っています。特に、クラヴサン音楽に見られる舞曲やその他の楽曲形式はバッハの器楽作品を語る上で不可欠のものです。シャコンヌもそうした楽曲形式の一つです。もともとは南米起源、16世紀末スペインとイタリアに移入された舞曲で、ある一定のバス旋律の上で旋律がさまざまに変奏されていたものですが、これが器楽の変奏形式として確立していき、もう一つの変奏形式パッサカリアとともに17-18世紀の間、ヨーロッパ中で流行しました。バッハの『シャコンヌ』は、『無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ BWV1004』の最終楽章にあたりますが、本日演奏するのはこれをF. ブゾーニがピアノ独奏用に編曲したものです。メンデルスゾーンの『マタイ受難曲』再演以来、より深まったバッハ芸術への再認識にはロマン派のより大規模な音響による再現の方向と原型を重んじる方向がありましたが、ブゾーニのこの編曲は前者の系統を引き継ぐもので、現代の新しい研究立場からは原曲を歪曲するものとして批判されてもきました。しかし、彼がこの曲のどこに魅せられて編曲を試みたのか、あるいはこの曲の素晴しさを生かすためにどのような手法をとっているかを考えたとき、ブゾーニの捉えたバッハ像が見えてくるのではないでしょうか。


文: 福田ひかり

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