福田ひかり: ピアノリサイタル 2000

March 12, 2000

リサイタル情報

J. S. バッハ パルティータ第1番 変ロ長調 BWV825

6曲のパルティータのうち最も親しまれている第1番は、1726年、前の雇主ケーテン侯に嫡子が誕生したお祝いに作曲、献呈された。楽章配列の自由さや書法の複雑さの点で他の5曲がかなり革新的なのに比べると、第1番は伝統的な部分を比較的残しており、また書法も簡潔である。その明朗な響きはこれから始まる大組曲集の幕開けにふさわしい。

冒頭のプレルーディウムはフーガ風に展開された前奏曲。左右交互に現われる装飾音と終結部のオルガンを思わせる和音の連続が、穏やかな音調の中で華麗に響く。16分音符が淀みなく続くイタリア風アルマンド、軽くはずむリズムのイタリア風コレンテを経て、フランス風序曲を想起させる威厳と装飾的で流麗な旋律を持つサラバンドで曲は頂点に達する。そして、宮廷的な美しさの第1メヌエットと木管三重奏のトリオ風第2メヌエットで心を和ませた後、手の交差という当時の演奏技法の妙技によるジーグで一気に曲を終える。

なお、6曲のパルティータは1731年に『クラヴィーア練習曲集第1巻』としてまとめられたが、従来の組曲の枠を越えてさらなる高みに到達したものとして当時の専門家の間で高い評価を受け、正に組曲史上の金字塔となった。

アルベニス イベリア

ファリャ、グラナドスと並びスペインを代表する作曲家アルベニスの最高傑作『イベリア』は、晩年の1905〜07年にパリで作曲された。副題「12の新しい印象」の通り、全4巻12曲はスペインの各都市・地方の面影を描いているが、自身がカタルーニャ地方出身にもかかわらず「僕にはきっとムーア人(アラビア系と北アフリカ系の人種が混じった中世イベリア半島のイスラム教徒のこと)の血が入っているんだ」と語ったように、アンダルシア地方に対して特別の思いが込められている。少年時代の演奏旅行での思い出や青年期に学んだスペイン民族主義のことなど、故国へのさまざまな思いが異国の地にある老境の胸によぎったのか。そして、民謡や民族舞踊から得た着想はフランス近代の作曲家たちから学んだ手法と見事に融合し、独創的かつ洗練された音楽を生み出した。

  • エボカシオン:「思い出」「招魂」の意。特に地域は限定せず、自由なイマジネーションでスペインの魂を呼び覚ます。
  • アルメリーア:アンダルシア東端の地中海に面した町。海辺にはしゅろの木がそびえ、アフリカを彷彿とさせる。神秘的でエキゾチックな響きが特徴的。
  • トゥリアーナ:古くからジプシー居住区として知られるセビーリャ郊外の一地区。「カルメン」を彷彿とさせるような活気ある町の様子が、フラメンコの中でも最も親しまれているセビジャーナスと闘牛士の行進に使われるパソ・ドブレの2つのリズムによって描かれる。

ショパン ワルツ変ホ長調 作品18「華麗なる大円舞曲」

「小犬のワルツ」と並んで最もポピュラーなワルツ。1834年、ショパンが満を持して初めて世に送ったワルツにふさわしく、タイトル、内容ともに実に華々しい。次々に現われるワルツは時に跳びはね、時に旋回し、舞踏会に集まった人々のきらびやかな装いやシャンデリアの輝き、晴れやかな空気までもが想像され、現実の舞踏会さながらである。

ショパン ワルツ嬰ハ短調 作品64-2

一転して、こちらは憂いを帯びたワルツ。晩年の1847年に書かれているだけに、先の作品と比べると素材の扱いが非常に巧みで、簡潔な形式の中に気品が漂う。そして、マズルカと見まがうような和声は聴く者をよりメランコリックな気分にさせる。正にロマン派的な、ワルツによる詩であり、この曲でショパンはワルツの頂点に達したといえよう。

ショパン ノクターン変ニ長調 作品27-2

ノクターン全21曲中の頂点と認める人が多いのもうなずけるほど美しい作品。バラード第1番や作品26の2つのポロネーズと同じ頃に作曲された。ロンド形式に似た構成で、主要主題、副主題とも再現されるたびに豊富な装飾音によって美しく彩られる。そして、ベースでは分散和音による洗練されたハーモニーが終始紡がれ、その上で旋律が、澄み切った静けさの中に月の光が射すように奏でられる。その語り口は控えめだが静かな情熱を秘めており、ショパンの姿そのもののようでもある。

ラヴェル 高雅で感傷的なワルツ

この曲は、シューベルトの『34の感傷的なワルツ』と『12のワルツ(別名、高貴なワルツ)』を模範に1911年に作曲されたが、手本にしたのは音楽そのものではなく、ワルツ集という形だけである。ワルツはラヴェルにとって愛するウィーンの代名詞であり、彼はさまざまな曲でこれを愛用した。 全体は8曲の、対比的に連なる「高雅」なワルツと「感傷的」なワルツから成るが、その中で、彼特有の洗練された和声は「今までに存在した最も鋭敏な耳」とドビュッシーに言わせたほど、最も前進してより硬質なものとなった。また、簡潔で透明な書法は音楽の彫りをより深くし、彼の好んだ古代ギリシャの彫刻を思わせる。さらに、逆説好きの彼らしく、曲の冒頭にはアンリ・ド・レニエの詩の一節「無益な営みの 得も言われぬ 常に新たな喜び」が掲げられている。これだけ全くラヴェル的な要素が揃っているにもかかわらず、作曲者の名前を伏せて聴衆に作曲者が誰かを投票させる形で行われた1912年の初演では、サティやコダーイの名を挙げる者が多く、ほとんど誰もラヴェルの作品だとわからなかったらしい。それほど新しい響きだったのだ。 なお、1912年にはラヴェル自身が台本を手がけたバレエ『アデライード、または花言葉』の音楽として管弦楽化された。


文: 福田ひかり

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